2018年04月18日

ある日のインタビュー "伝えたいことがあったのです"


【ある日のインタビュー】

― 物語を書くのは、はじめてですか?

そうです。学校の作文以来のことです。

― 新聞記事に69才作家デビューと書かれていますね。

わたしは作家になったとは思っていませんでした。ですから、"伝えたいことがあっただけです"と言いましたら、それを作家というのです。と言われました。

― 伝えたいことを本にしようと思った経緯をお聞かせください。

わたしは3才位から、自分のこと、家族のこと、学校のことなど、地上を高いところから見おろしていると感じていました。生活環境見問題を抱えていたわけではありませんが、地に足の着いた考え方や行動ができない、あぶなっかしい子どもでした。

10才のころの記憶だと思いますが、夕方、いっしょに遊んでいた妹や友だちはとっくに家に帰ってしまった空き地で、夕日が黄金色から青紫、濃い青色に変わっていく西の空を見ているのが好きでした。そして星がまたたくまで、そこにじっと立っていたのです。今思えば、とてつもない宇宙の大きさと、宇宙への切ない憧れを感じていたのだと思います。おばあちゃんが探しにきて、「家に入りなさい。身体が冷えるわよ」と呼ぶ声を覚えています。

12才のころ、社会科の授業で伊能忠敬のことを知りました。星を見ながら、実測地図をつくった人です。
そこから学んだことは、天文学についてでも、その偉業でもなく、第二の人生があるということでした。第一の人生を精一杯成し遂げた後、この人のように第二の人生が待っているということです。それを知ったわたしは、少し堅実な生き方ができるようになったと思います。

孫たちを見ていると、自分の過ぎ去った記憶と重ね合わせ、その胸の内をとてもいとおしく思います。そして、同時に、その小さな命を抱く父、母となった我が子は、忘れてしまった過去の未熟な自分を思い起こさせるのです。
"トゥファラ"のヴィッツィや"光の塔"のコリト、ふたりの主人公が自然と自分の性格になってしまったのですが、きまじめで融通のきかない人、要は堅物です。
わたしは彼女たち同様、地球のめに、人のために仕事をしたいとずっと思っていました。
その70年間分、人生の山越え、谷越えしながら積み重ねた学びを伝えたかったのです。
"12才になった孫たちへ"という指針はずっと持っています。
もちろん"未来へ向かうすべての子どもたちへ"という大きな夢も持っています。

posted by yamanoshiroiie at 09:00| 本の紹介